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福井の民話で貧乏脱出?日本の民話の教訓

面白い民話を聞きました。

まんが日本昔ばなしで取り上げられている有名な話のようです。

この記事では、「この民話から得られる教訓は何か?」ということを
考えてみたいと思います。

民話

 昔、福井の三方(みかた)に藤兵衛という貧乏な百姓一家が住んでいた。

子宝だけには恵まれ、働いても働いても暮らしは一向に楽にならず、とうとう夜逃げすることになった。明日は夜逃げという前の晩、藤兵衛は、納屋でせっせと草鞋(わらじ)を編んでいる貧乏神を見つけた。夜逃げする藤兵衛一家について行くという貧乏神の存在を知り、「貧乏神がついて来るなら逃げても無駄だ」と落胆し、家の中に引きこもってしまった。

藤兵衛一家がいつ出発するかわからない貧乏神は、とりあえず毎日草鞋を編み続け、いつのまにやら大量の草鞋が出来上がってしまった。それを見た藤兵衛は、草鞋を持って町へ売りに行ってみると飛ぶように売れた。

どうしても貧乏神を追い出したい藤兵衛は、草鞋の売り上げで買った酒やごちそうでおもてなしするが、貧乏神はなかなか出ていかない。仕方なく藤兵衛は、草鞋づくりにに必要な藁(わら)の確保のため、前よりももっと働かなくてはいけなくなった。貧乏神はいる限り暮らしは楽にならなかったが、気が付くと夜逃げするほどの貧乏ではなくなっていた。

まんが日本昔ばなしデータベース

教訓は?

一生懸命働けば貧乏から脱することができる?

藤兵衛は草鞋作りに必要なわらを確保するため、田んぼで一生懸命米を作り、わらを集めました。

一生懸命働けば貧乏から抜け出せる、という教訓でしょうか?

でも、藤兵衛は一生懸命働いたもののお金持ちになれたわけではありません。
せいぜい夜逃げしなくてもいいレベルの貧乏になっただけです。

また、藤兵衛はもともと怠けてたわけではなく、
一生懸命働いたにも関わらず子どもが多いため貧しかったのでした。

怠け者が改心して一生懸命働く話ではないのです。

貧乏からは逃れられない?

百姓
百姓

江戸さ行ってひと旗挙げるべ!

夜逃げは免れましたが、
一生懸命働いても貧乏神は出て行かず、藤兵衛は貧乏なままです。

「貧乏からは逃れられない」という教訓なのでしょうか。

昔は身分によって貧富が固定されていたので
仕方のないことだったのかもしれません。

小作人はどこまで頑張っても小作人のままです。

水呑百姓は頑張っても水呑百姓です。

大貧民→貧民にはなれるということ?

ものすごく貧しい状況でも、頑張ったら少しはマシになるよ、
ということでしょうか。

あまり夢はありませんが、現実的なアドバイスかもしれません。

辛い状況でも頑張れ?

百姓
百姓

おら、もう頑張ってるべ!!

あきらめて夜逃げするのではなく、辛い状況でも頑張ったらマシになるよ、
ということでしょうか?

でも、貧乏神が草鞋を作ってくれるという「ラッキー」がなければ
頑張ってもどうしようもなかったのかもしれません。

あきらめたからこそ?

「貧乏神からは逃れられない」とあきらめて家に引きこもったからこそ、
貧しい状況を打開できました。

もがくよりも何もしないほうがいい、という状況もありそうです。

貧乏神も使いよう?

百姓
百姓

貧乏神、出て行け!

貧乏神の作ったわらじを売りに行ったことで、お金が手に入りました。

しかも藤兵衛は、それを自分で使ってしまわずに貧乏神をもてなすために使っています。

貧乏神はわらじを編み続けてくれたので、
「貧乏神も使いよう」ということでしょうか?

貧乏神がいる限り貧乏からは逃れられないようですが。

いろんな教訓がありそう

色々と教訓を考えてみましたが、
あまりしっくりきません。

他にどんな教訓がありそうか、考えてみてください!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。